

シャンパンパーティが終わった後、東京でフリータイムを過ごすことができました。表参道の裏通りを入ってから、偶然にパリのデザインショップのオーナーに会いました。立ち話で、楽しい会話がかわされ、お互いに東京、日本の印象についてお話しました。左から、パリのデザインショップのオーナー、ミッシェル・ロゼ社長、オリビエ・ロゼ、パリのショップのオーナー、マイヤ・ポラン。 |
11月の始めに、フランスのお客さまと一緒に訪日しました。皆さんもご存知かもしれませんが、今年はリーン・ロゼ提携30周年で、日本で様々な記念式典が行われ、それに参加するために、ロゼ社のミッシェル・ロゼ社長とその長男とゼネラルマネージャー、オリビエ・ロゼさん、そして世界的に有名なデザイナー、ピエール・ポランの夫人、マイヤ・ポランさんが訪日しました。記念式典のクライマックスは11月4日に東京六本木のリーン・ロゼショップで行われたシャンパンパーティで、そのトークショーの司会は貴乃花親方夫人の花田景子さんがしてくださいました(このホームページでパーティのビデオを見ることができます。どうぞご覧になってください)。
私は東京に2日間滞在した後、広島へも行きました。広島でドリームベッドの本社で正式な記念式典が行われ、観光もしました。たった5日間の出張でしたが、私にとって、とても感動的な旅でした。なぜか、様々な記念式典、話し合いを通じて、30年にも渡った歴史の積み重ねの成果を実感することができて、ロゼと日本との繋がりの深さを改めて確かめることができました。日本とフランスは、文化とライフスタイルは違いますが、この提携で「美しく暮らす」というモットーを共通にして、「ロゼ・ジャパン」の道を展開し、30年間も一緒に歩んできたことは、大したことだと思います。経済の変動に敏感である家具業界の中では、これほど長い提携はめったにありません。
じつは、提携を結んだ30年前の1981年に、ピエール・ポランとミッシェル・ロゼが訪日し、様々なイベントが行われたのです。同じ年にミッシェル・ロゼの長男、オリビエ・ロゼが生まれたのです。30年後の今に、ミッシェル・ロゼとオリビエ・ロゼが一緒に訪日したのは、世代の交代からもいいますと、より有意義なことだと思います。
広島のドリームベッドのリーンロゼショールームにて。ピエール・ポランが仕事をしている姿のポスターのそばで、リラックスしているマイヤさん。座っているのは彼の名作、パンプキン。どれほど仲むつまじいカップルであったことは、この写真だけでわかると思いませんか。 |
そして、今年はマイヤ・ポランさんに日本に来ていただいたことも、とてもよかったです。本人はデザイナーではありませんが、アートディレクターとして活躍し、ご主人のピエール・ポランが2009年に逝去してから、彼の作品をアピールするため、世界中の国々を歩き回っています。60歳を超えていて長年一緒に仕事をしていた夫が亡くなったものの、寂しさに耐えながら、様々な分野で活躍しています。シャンパンパーティのトークショーでは、必死にピエール・ポランの人生とデザインに対するこだわりをお話したことも印象的でした。彼女は主人の代わりになり、ミッシェル・ロゼと協力しながら、次々ピエール・ポランのデザインを発表し続けているのです。たとえば、日本最早発表のELYSEEソファ(現在東京六本木のショップで展示中)の発表も、彼女が手がけました。
そして、ピエール・ポランもそうでしたが、マイヤ・ポランさんは日本が大好きで、日本の文化、風景、食べ物、芸術、文学までもよくご存知で、今回は非常にタイトなスケジュールでしたが、何でも喜んで受け入れてくださいました(移動、インタビュー依頼、食事会など)。同じ「マヤ」という名前であることもあったのか、短い時間でしたが、お互いにごく自然につきあうことができて、私は彼女を「女性の先輩」として受け止め、色々な話を聞かされるチャンスがあり、とても楽しかったです。ポランさんは東京には何度も行ったことがあるそうですが、広島は初めてでした。ここで、写真を添えながら、マイヤ・ポランを中心に、日本、特に広島の訪問を皆さんにご紹介しようと思いました。ロゼブランドの仕事を通じて、こういう方々に巡り逢うことができること自体は、私にとって、とてもありがたいことです。人間関係を通じて、コミュニケーションを高め、デザインに対する見方も磨くこともできると思います。



リーン・ロゼ日本発売30周年記念