プロフィール


フランス在住。
インターナショナルマーケティングマネージャー、フリーライター。
ハーバード大学博士。
- 1961年
- スイス人の父と日本人の母の子供として、京都に生まれる。父は同志社大学の教授を勤め、国際学生寮の担当もしていたため、いろいろな文化を持つ人が集まっている環境で育つ。1年間京都の幼稚園に通う。とても幸せな幼年時代であったことが、記憶に残っている。
- 1965年
- 家族がスイスに移転する。そのころから、文化の差を意識することになる。スイスでも何回も引っ越しし、チューリッヒ、ベルヌ、ビエル、ジュネーブなどに住む。家庭ではドイツ語、フランス語、英語を話すことになり、日本語をだんだん忘れてしまう。両親が勉強や本、音楽が好きで、文化の豊かな家庭で育つ。
- 1978年
- アメリカミシガン州の高校に1年間留学し、アメリカの家族でホームステイする。アメリカとスイスの文化の差にも驚く。
- 1981年
- 日本が懐かしくなり、ジュネーブ大学で日本語と日本文化を勉強する。日本の文部省(現在は文部科学省)の奨学金を得て、北海道大学に留学する。18年ぶりに、日本に帰る。
- 1986年
- ハーバード大学に入学し、東洋学部で日本の文学と歴史を勉強する。1988年に学士、1990年に修士課程を卒業する。それから、日本の現代社会と文化を研究するため、文化人類学部の博士課程に進学する。
- 1987年
- ジュネーブで知り合ったフランス人男性とアメリカのケンブリッジで結婚する。
- 1990年
- 博士論文のフィールドワークのため、夫と日本に移転し、法政大学、広島大学で研究する。原爆体験を研究テーマにし、広島でフィードリーサーチを行う。
- 1993年
- 夫と憧れのパリに転居する。研究員として、パリの社会科学高等学院に入る。フランスの生活も、新しい体験で、慣れるまでに時間がかかる。
- 1995年
- 広島・長崎の50周年を機に、パリのAutrement出版で本を編集する。(日本語翻訳:『核時代を生きる私たち、広島/長崎から50年』、時事通信社)
それから、日本の現代文化と日本社会について、いくつかの論文を出版し、フランス、イギリスなどの大学で講演を行う。
- 1996年
- ブルゴーニュ地方のコロンジュ村で、セカンドハウスのため、古い農家の家を買う。ぼろぼろで、リフォームの仕事をスタートする。
夫が映画監督の仕事をし、私も映画とテレビのシナリオを書くことになる。フランスとスイスのテレビ、映画プロデューサーとコラボレーションする。
- 1997年
- パリで息子が生まれる。母親になり、人生が大きく変わる。
赤ちゃんを育てながら、ハーバード大学に提出するための博士論文を書き続ける。
- 1998年
- 日本の親戚からの紹介があり、広島のドリームベッド社の仕事を始める。フランスのパートナー会社、ロゼ社とのコミュニケーションを担当することになる。
- 1999年
- ハーバードで博士論文の口頭審査を受け、博士号を獲得する。2歳の息子は夫とパリに残る。
- 2000年
- 家族とブルゴーニュの家に移り住む。リフォームの仕事が大変で、改装に全力投球する。
夫と書いた連載テレビドラマのシナリオ、『SAUVETAGE(救出)』がスイスとフランスのテレビチャネルで放送される。
スイス文部省の映画審査委員会のメンバーになり、政府の補助金が与えられる映画のセレクションに携わる。
- 2002年
- コメディー映画『JEUNE HOMME(若い紳士)』のシナリオがプロデュースされ、スイスの映画館で上映。スイスの映画賞(フィルムプライス)に任命される。
- 2003年
- ロゼ関係の仕事に集中。日本におけるロゼブランドのマーケティングとコミュニケーション戦略について、ロゼフランスとロゼジャパンとのコーディネーションを担当することになる。日本への出張も増える。
- 2007年
- ロゼブランドにとって大事な1年になり、私も2つのプロジェクトに関わる。日本のリーンロゼクラブの設立と、六本木のロゼショップのオープン。
- 2008年
- マーケティング活動の規模を広げ、ドリームベッド社のドイツのパートナー、ルフ社の仕事もスタートする。ドリームベッドのヨーロッパ駐在インターナショナルマーケティングマネージャーに就任する。
仕事の幅をさらに広げ、フリーライターとしてフランスの文化とライフスタイルを日本に紹介する仕事を開始する。
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